家具屋の目線で現場の景色を確かめながら、心地よく絵になる空間を実現
〈シリーズ_造作で住まい手の暮らしをかなえる人々10〉
「家具屋の目線で現場の景色を確かめながら、心地よく絵になる空間を実現」
株式会社KITORI 代表取締役 山上一郎さん

今回ご紹介するのは、家具工房からスタートし、今では住宅や店舗の設計・施工、アート販売、さらには出版の世界でも活動している株式会社KITORI代表取締役の山上一郎さんです。
展開しているすべての事業に共通するのは「家具屋の目線」。無いものは作ればいい、そして、心地よく絵になる空間をつくりたいという想いです。
新たにキッチンの改修をしたお宅があると聞き、取材に伺いました。キッチン・キットをベースに、住まい手のイメージをカタチにしたキッチンは、まるで魔法のような仕掛けが。さっそくレポートします。
こんな家は2度と巡り合えないと、高尾の古民家風の家を購入

周囲のインテリアと馴染むキッチン
お伺いしたのは、東京都下、自然豊かな高尾にあるお宅。玄関で、この家の主、林さんご夫妻が出迎えてくださいました。
まるで昭和にタイムスリップしたような、杉板の下見張りの外観。中に入ると、至るところに古道具屋で見かけるような建具や色ガラスをはめ込んだ窓が目に飛び込んできます。さぞかし古い家かと伺うと…。
「この家は、陶芸家と金工家のご夫婦と大工さんが3人で、素材にこだわり手間暇かけて作った家なんです。東京R不動産のホームページで見て気になり、まずは話半分で遠足がてら見に行こうと。そうしたら、気に入ってしまい、こんな家は2度と巡り合えないと、購入を決断しました。古民家っぽいですが、購入時は築3年の築浅物件です(笑)」(ご主人)
それまでは、渋谷のマンションズ住まい。しかし、自然豊かな環境で子育てをしたいと考えていたと言います。それには理想的な場所。
さらに、家づくりに関わっていた大工の腕がよく、現代の耐震基準に適合していることも、購入を後押ししました。

家の至るところに、前の住人が集めた古い建具が…
「前に住んでいた方が、一軒家を建てるために、趣味で古いガラスの窓やドアを集めていいたそうです。そして、その窓や扉に合わせて建てたのがこの家。そのことも気に入りました」(ご主人)
唯一無二の家を手に入れた林さん。築浅だったこともあり、特に手を入れる必要もなく、新しい暮らしがスタートしました。
長男を出産後、キッチンの改修でKITORIと運命の出会いが

吹き抜けがあるリビング側からキッチンを見る
ただ、ひとつ気になったことがありました。それはキッチン。
前の住人が夫婦ともに料理好きだったこともあり、奥の壁に業務用ステンレスキッチンが取り付けられていました。そしてダイニングとの間には、造作した食器棚があり、壁のように立ちはだかっていたのです。
「子どもと話すときに、背中を向いているのがすごく嫌になってきて…、対面キッチンに改修しようと思うようになりました。そこで、前から気になっていたKITORIさんのショールームに伺ったんです」(奥さま)
1階から屋上までワクワクするような、デザインと施工が散りばめられているショールームを目にしたとたん、「やっぱりここだ!」と思ったと言います。

通路幅は1m。壁側の収納もたっぷりのキッチン
そうして出来上がったのが写真のキッチン。対面キッチン部分にはキッチン・キットのステンレス天板(W2400mm×D1000mm)のⅡ型キッチン(シンク部)、奥の窓側には、同じくステンレス天板(W1300mm×D650mm)のⅡ型キッチン(コンロ部)、以前キッチンがあった壁側には、キッチン・キットのフロアキャビネットを3つ並べ、上の作業スペースは大判のタイル貼りに。
L字型キッチンに、たっぷり収納できるカップボードを設けた、ぐるりとコの字型に囲まれたキッチンです。
サイドパネルや扉材には、杉の横はぎ材を使用。周囲の濃い色の建具に合わせ、オイル塗装で仕上げに。まるで、ずっと前からこの場所にあったかのように、空間に馴染んでいます。
さて、次からは、山上さんが林さんご夫妻と、アイデアのラリーを繰り返し、実現した魔法のような工夫の数々をご紹介していきましょう。
レンジフードが目立たない!出窓風のコンロスペースを実現

コンロの前には絵のような景色が!
対面キッチンにするには、ある問題を解決しないといけません。それはニオイ。
キッチンと繋がるリビングダイニングスペースは、吹き抜けになっています。そしてその吹き抜けに面してオープンな個室スペースが…。何か対策をとらないと、ニオイが家じゅうを巡ってしまうのです。
「当初は、対面キッチンの上にレンジフードがつく計画でした。2階にニオイが上がらないようにするにはどうしたらいいか、林さんと話していたら、じゃあ横の壁にも換気扇を付けましょう!と。合わせ技でニオイを退治しようと(笑)。さらにラリーのようなアイデア出しは続き、いっそ横の壁を壊してコンロスペースにしたら、レンジフードが見えなくなるのでは?という話になり、このプランになったんです」(山上さん)

外に回ると、確かにコンロ部分が増築した跡が
「コンロ部分を出窓風にすると、確かにレンジフードは隠せます。ただ、そのためには壁を壊して増築しなければなりません。また、2階のベランダの下の部分にダクトを通さないといけないのでギリギリ。厚さ170mmの換気扇を見つけたおかげで、なんとかできました」(山上さん)
見事、窓の上部とレンジフードの面が合いすっきり。1枚の風景画のような窓ができ、明るいキッチンに。調理中もいい眺めを楽しめています。
コンロ下のデッドスペースはアイデア家具で〇〇がシンデレラフィット!

コンロスペースの横のデッドスペースには…
「このスペースを収納に使えないか考えました。とはいえ、L字の付け根で、奥行きが650mmあると、奥のものが出しにくい。工事中にひらめいて、キャスター付きの2つの箱を作ることにしました(山上さん)

サイズも形も微妙に違う、2つのキャスター付き収納
こちらがそのキャスター付きの収納です。奥の収納は、使用頻度は少ないけど、使うときはすぐに用意したい土鍋や圧力鍋用に。手前は下に寸胴(パスタ鍋)を収納し、上のフタの部分は油や調味料を収納する箱膳のような形状に。
「寸胴(パスタ鍋)がシンデレラフィットで感激しました。上の油や調味料を置くスペースも、調理しているときに、サッと取れる高さ。油を隠したいけど、引き出しの中にしまうと出すのが大変ですから、大正解です」(奥さま)
対面キッチンの奥行きを1000mmにしたことで、リビング収納が大活躍

リビング収納にも細やかな工夫が!
リビング収納をつくる場合、ダイニングスペースを広く取ろうと、奥行きを900mmにするケースが一般的です。しかし、山上さんは100mm延ばして1000mmに。

この奥行きがあると、使い勝手がグンとよくなる!
「奥行き900mmのキッチンでリビング収納に扉を付けると、奥行きは200mm程度しか取れません。奥行きを1000mmにすれば、300mm取れるので、お皿もほぼ収納できるようになります」(山上さん)
さらに細やかな工夫が!

箱の引き出しは持ち運びしやすい!
「上部の棚に入っているのは完全な箱です。空けたままもよかったんですが、工事を進めていくうちに、学校から届くお知らせとかしまう場所が必要だと思って。箱なら、ちゃんと隠せて、箱を取り出してテーブルに運ぶことで、そのまま作業や整理ができます」(山上さん)

開き戸の部分も気づかいが
開き戸の取っ手代わりに取り付けられているのは、なんとフック。逆向きに付けることで、指を引っかけるだけで開けられます。ツマミより断然ラク!
「扉にはステンドガラス用のガラスをはめ込みました。曇りガラスだと中が見えないし、透明なガラスだとうるさくなる。ちょっとモヤモヤした感じのガラスだと、多少中が散らかっていても気にはならないので(笑)」(山上さん)
シンク横に設けたゴミ箱置き場の後ろには「ヒミツの収納」が!

面が揃った2つのゴミ箱の後ろには…
対面キッチンの内側にも細やかな工夫が。そのひとつが、シンク横のゴミ箱スペースです。
「2つ並べたときに、後ろがないと、どうしても凸凹した感じになってしまいます。それに後ろの部分もったいないので、最初に置くゴミ箱を決めてもらいました。そして、そのサイズに合わせて、奥に小さな棚を2つ作りました」(山上さん)

ゴミ箱の奥には2段の小さな棚が!
この場所が、雑巾やゴミ袋の定位置に。隠しておきたいけどイザというときにすぐ使いたい、殺虫剤などの絶好の収納スペースになっています。

コンロ下の収納も充実
キッチン・キットのコンロ下キャビネット(900mm)には、フライパンや鍋類、調味料がすっきり納まっています。

カップボードの収納もたっぷり
壁側に設置したのは3つの収納ベース。奥行き650mmにしたことで、大量の食器類がきれいに納まっています。

これなら使うお皿をすぐ取れそう!
「手持ちの食器類は、すべてここに納まっています。お皿は立てて収納できるようにしたので、出し入れもラク」(奥さま)
さらに上の作業スペースにも、ちょっとした工夫が。
「天板は、よく玄関ポーチで使う300角の大判のタイルで、ザラザラが少ないものを選びました。目地が少ない方が使いやすいし、汚れません。目の前の壁に白いタイルを貼ったので、手元が明るくなりました」(山上さん)
答えは現場にある。家具屋の目線で見える景色を作っていきたい

「最終的にいいところに着地。この仕事と出会えてよかった」と山上さん
ここで少し、山上さんの経歴とKITORIについても触れておきましょう。
山上さんは、大学卒業後、テレビの製作会社に就職。そのころ住んでいた狭いアパートで棚を作ったら、楽しくて夢中に。
その後、休みを利用して家具職人に話を聞いて回りました。そして、退職を決意。木工の技術を習得するための学校に通ったのち、28歳で家具工房「木とり」を設立しました。

取材時にもらった「KITORI BOOK」と展覧会のチラシ
家具を製作しているうちに、仕事は家具に合わせて床や壁、窓の製作に広がっていきました。そうして、設計士とはちょっと違う入り口から新築やリノベーション、店舗設計を手掛けていくようになったそうです。
「私は家具屋から建築に進んだので、設計士のように全部決めてから取り掛かるのではなくて、現場で積み重ねていきます。答えは現場にあるんですよ(笑)」(山上さん)
山上さんは現場で見える景色を確かめ、施主の声を聴きながら進めていきます。ですから、林さんのキッチンも、工事中にどんどんよくなっていきました。
「もとは家具工房。自社で作るので、今日打ち合わせしたら、明日作って明後日持ってくる、というようなことができるんです」(同)

打ち合わせしていたときの思い出話で盛り上がるお二人
施主の林さんも、もっといいキッチンにしようと工事中もアイデアを出し合った時間が楽しかったと言います。
「KITORIでは、毎回、なるべく多くの思い出を散りばめること大事にしています。山の中まで一緒に製材を見に行ったり、壁の漆喰を塗ったり…。夢がずっと続くように」(山上さん)

林さん夫妻が自ら施工した壁と天井
今回、林さんご夫妻は、写真の手焼きのタイルを貼った壁と、天井の漆喰塗りに挑戦。
「タイルは手前と奥から妻と私で上手いだ下手だと言いながら4列ずつ貼りました。天井の漆喰を塗る作業は、結構大変でした(笑)」と、林さんはニコニコしながら話してくれました。
「手焼きのタイルって、提案するのに緊張するんです。全部形が違うし、角が欠けて見えることもあるので、細かいことが気になる人には向かない。林さんは、葉っぱを見て文句を言うんじゃなく、全体を見て“この森きれいだね”って言ってくれます。そういう人と一緒に仕事ができて、私も幸せでした」(山上さん)。
住まい手と作り手の幸せな出会いとなりました。最後に奥さまがひと言。
「昨日、YouTubeを観ていた4歳になる息子が、振り返ってしんみりと、“ママ、キッチン変えてほんとよかったと思う”と言ってくれました。私たちがいつもそういう話をしているからだと思うんですけど、“それ聞けてうれしい”って答えました(笑)」
実は、林さんは様々な作品を手掛けている脚本家。今回の出会いがきっかけで、山上さんが出版した絵本の映画化に取り掛かっているそうです。
理想のキッチンをつくる夢は、これでひと区切り。そして、新たな夢が実現に向けて動き始めています。

KITORI(きとり)
新築、リノベーションを問わず、「家具屋の目線」で心地よく絵になる空間を作っている。設計、施工を一貫で行い、その空間に合うオーダーメイドの家具デザイン&製作もできるのが強味。
〒190-0022 東京都立川市錦町5-15-26
℡:0258-89-6995
HP: https://kitori.jp/